東京都台東区 旧岩崎邸庭園

ジャコビアン様式の洋館と日本家屋と撞球室のある、岩崎久彌の茅町本部。
《アクセス》
東京メトロ千代田線「湯島」(C13)下車 徒歩3分
東京メトロ銀座線「上野広小路」(G15)下車 徒歩10分
都営地下鉄大江戸線「上野御徒町」(E09)下車 徒歩10分
JR山手線・京浜東北線「御徒町」下車 徒歩15分
《住所》
東京都台東区池之端一丁目
《電話》
03-3823-8340

旧岩崎邸は、三菱第三代社長岩崎久彌の茅町本部として明治29年に施工された洋館である。現在三つの建物(洋館、和館、撞球室)が現存しており、洋館と撞球室は旧古河庭園を設計した設計士ジョサイア・コンドルによって設計され、装飾は17世紀初頭のイギリスで流行したジャコビアン様式が取り入れられている。和室大広間は大河喜十郎の施工である。現在の岩崎邸は、当時の3分の1程の敷地面積となっているが、今でも広大な敷地である為、岩崎家がどれほどの財力を持つ財閥であったかが伺える。久彌の父は三菱財閥創設者岩崎彌太郎であり、文京区にある五代将軍・徳川綱吉の側用人を務めた柳沢吉保の下屋敷、六義園を明治初頭に購入した人物である。旧岩崎邸庭園は、旧古河庭園、六義園、清澄庭園と共に都立9庭園に指定された庭園のひとつである。

岩崎彌太郎といえば、2010年NHK大河ドラマ龍馬伝で香川照之が演じた、龍馬をライバル視し嫉妬と妬みを持つイメージが強烈に残っているが、実際の彌太郎はどんな人物だったのだろうか?
一代で三菱を築いた商才に長けた人物なのは言うまでもないが、ボーナスを初めて導入した人物であり「部下を優遇するに勤め、事業上の利益は、なるべく多くを分与すべし。」との名言も残している。
また、生家は貧しい地下浪人であったが、母美和の教育は武士たる尊厳を失うことなく、正しく生きる道を説いていたようだ。
一度はじめたことは、成し遂げるまでやめない。そんな意志の強さから、時には手段を選ばないやり方で事業を拡大していき、晩年は渋沢栄一らと激しい攻防もあり、人から恨みを買うことも多かったで在ろうから、龍馬伝では、あのような最期の描き方をされたのかも知れないなぁ。
実際の彌太郎の最期は、胃がんで50才の若さで永眠している。

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