



東京大学院理学系研究科附属植物園(小石川植物園)内にある、旧東京医学校本館(国指定重要文化財)。小石川分館は東京大学に現存する最古の学校教育建物であり、明治初期の木造擬洋風建築の貴重な歴史遺産である。
《アクセス》
・植物園
都営三田線白山下車。A1出口徒歩11分。
東京メトロ丸ノ内線 茗荷谷駅下車 出入口1 徒歩約15分。
・旧東京医学校本館のみ
地下鉄丸の内線「茗荷谷」駅より徒歩8分
《住所》
東京都文京区白山3丁目7番1号
《電話》
03-3814-0138
《植物園:入園料あり・旧東京医学校本館:入館料なし 休園日、休館日あり》
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/architectonica/index_jp.html

小石川植物園の名称で親しまれているが、正式には国立大学法人東京大学大学院理学系研究科附属植物園といい、植物学の研究・教育を目標とする東京大学の教育実習施設である。日本最古であるばかりでなく世界でも有数の歴史を持つ植物園の一つで、今から約320年前の貞享元年(1684)に徳川幕府が設けた「小石川薬園」に源を発している。面積は161,588㎡(48,880坪)で、台地、傾斜地、低地、泉水地などの地形の変化に富み、これを利用した多様な植物配置が行われている。日本の近代植物学発祥の地であり、今日も自然誌を中心とした植物学の研究・教育の場となっている。 植物園本館には植物標本約70万点(植物標本は、東京大学総合研究博物館と一体に運営されており、全体で約170万点収蔵)、植物学関連図書約2万冊があり、内外からの多くの植物研究者に活用されている。
旧東京医学校本館(現東京大学総合研究博物館小石川分館)は、東京大学の前身にあたる東京医学校時代の建物である。
安政5年(1858)5月創設の神田お玉が池種痘所は、同年12月の下谷和泉橋通への移転、万延元年(1860)の官営化、文久元年(1861)の西洋医学所、同3年の医学所への改称を経て、慶応4年(1868)に解散を迎える。
新政府は明治元年(1868)6月に医学所を復興、同年7月に下谷和泉橋旧津藩藤堂邸に仮病院を置き、横浜病院の移転を決定、これを大病院とし、明治2年2月に医学所を合併して医学校兼病院とする。明治2年6月に医学校、12月に大学東校と改称、明治4年に東校、5年に第一大学区医学校と改称、明治7年5月に東京医学校となる。同年11月に本郷旧加賀藩邸への移転を決定、明治8年に着工、翌9年に一応の完成を見る。以上がこの建物の創建までの経緯である。
昭和40年(1965)に解体され、44年に理学部附属植物園(小石川植物園)内の現在地に再建され、45年に国の重要文化財の指定を受ける。
文京区白山、都内とは思えないトトロが出てきそうな森みたいな植物園です。
途中、物凄くおおきな蜘蛛に遭遇したり、「スズメバチ注意」の看板なども有り昆虫が苦手な人が遊びに行くには、なかなか勇気がいるかもしれません。
植物園の中から行くと、日本庭園経由で旧東京医学校本館に行けますが、ワンウェイのゲートがあり、一度出ると植物園には戻れません。
植物園経由でなくても良いのなら、植物園の正門を通り過ぎて行くと、旧東京医学校本館に入れる入り口があるので、そこから入館することができます。





入館料は無料です。
館内は、撮影可能です。ただ、展示物によっては撮影不可のものもある場合があるそうです。
旧東京医学校(東京大学総合研究博物館小石川分館)常設展示は
建築ミュージアム「建築博物誌/アーキテクトニカ」(ARCHITECTONICA)
コンセプトは、初等中等教育を含む各種の学校建築を学内各分野の標本・器材と共に、総体的な教育研究活動の物的基盤、あるいは教育研究活動をとりまく物的環境の主要な構成要素と捉え、両者を組合わせた各種の展示構成を試みるものである。だ、そうです。






月曜日、火曜日、水曜日休館なので、遊びに行く前に休館のチェックはされた方が良いでしょう。
建物が好きな私は、館内の展示品を見て大興奮。しかも、小一時間うろうろしましたが、入館者は私だけという貸切状態でした。楽しかった〜。
入館する前に記帳があるのですが、私の前には誰も記帳をしてませんでした。
静かに、建築物の縮小模型を堪能されたい人には楽しい場所だと思います。
東京駅から皇居外苑の投稿でも触れましたが、JPタワー内
Intermediathequeも東京大学総合研究博物館です。
Intermediathequeも展示物が面白いです。
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