








ニコライ堂は、正式名称を東京復活大聖堂という。キリスト教の一派である正教会に属する教会で、1891年にロシアから布教のために来日した亜使徒聖ニコライによって建立された。関東大震災で一度倒壊したものの後年に再建され、太平洋戦争中も空襲の被害を免れて1962年(昭和37年)には国の重要文化財に指定された。
《アクセス》
・ニコライ堂
JR御茶ノ水駅下車 聖橋口から徒歩2分
《住所》
千代田区神田駿河台4-1-3
《電話》
03-3295-6879
http://nikolaido.org/

カトリック神田教会は、1874年(明治7年)1月に創建され東京の教会でも有数の歴史を持つ教会である。
現在の聖堂はフランス人宣教師シェレル神父の構想により、1928年(昭和3年)に完成したもので、当時の面影がそのまま残る。
マックス・ヒンデル氏の設計によるロマネスク様式とルネッサンス 様式を融合させた建築。
《アクセス》
JR・水道橋駅東口下車 徒歩7分
地下鉄・都営三田線水道橋駅A1出口 徒歩8分
《住所》
千代田区西神田1-1-12
《電話》
03-3291-0861
⇒水道橋駅から白山通りを神保町方面に向かって歩き、UFJ銀行の角を左に曲がると教会が見える。
http://catholickandachurch.org/

東京復活大聖堂の原設計はミハイル・シチュールポフ、実際の設計はジョサイア・コンドルによって行なわれた。しかし、1923年(大正12年)に起こった関東大震災により、大聖堂は倒壊。通常ならばロシアにある正教会が復興の手助けをするのだが、1917年に起こったロシア革命によってロシア本国からの援助は期待できない状態にあった。教会の責任者であった府主教セルギイは根気強く復興活動を続け、1929年(昭和4年)に岡田信一郎の設計による大聖堂が再建された。
岡田信一郎とは、鳩山会館や国立博物館、明治生命館、を建設した人物である。
1962年(昭和37年)には建物が国の重要文化財に指定され、1974年(昭和48年)には大聖堂を宗教活動の拠点としていた五つの協会が合併し、1983年(昭和57年)に東京復活大聖堂教会と改名して現在に至る。
ジョサイア・コンドルが実施設計を手掛けた聖堂は、中央の大きなドームが特徴的。正教会の聖堂はイスタンブールにあるアヤソフィアをモデルとしており、そのスタイルが今日まで受け継がれている。中央に柱のないこの造りは、ビザンチン・ドーム建築が発達した6世紀当時画期的なものであった。
正教会とは、イエス・キリストの降誕、十字架上の死、そして復活に端を発する初代教会の信仰をそのまま継承してきたキリスト教会のこと。エルサレムからギリシャ、そしてロシアを経て、ロシア人宣教師ニコライ・カサートキンにより日本に伝えられた。ニコライ堂の十字架は八端十字架である。
カトリック神田教会は、1874年(明治7年)1月に創建され東京の教会で日本でも有数の歴史を持つ教会。
現在の聖堂はフランス人宣教師シェレル神父の構想により、1928年(昭和3年)に完成したもので、当時の面影がそのまま残っている。
マックス・ヒンデル氏の設計によるロマネスク様式とルネッサンス 様式を融合させた建築。
江戸時代の鎖国政策により、キリスト教が厳しく禁じられていた為、ラテン学校を隠れ蓑に密かに布教活動を続けていたが、明治以降1874年(明治7年)1月に三つの旗本屋敷(約3000坪) をフランス公使ベルトミー氏の斡旋により入手し、神田の猿楽町において、聖フランシスコ・ザビエルを保護の聖人とする聖堂として神田教会を設立することになった。
暁星学園・白百合学園は、神田教会を揺籃の地として出発したミッションスクールである。
神田教会では結婚式も挙げられる。
神田教会からニコライ堂までは歩いて行けます。そこから、神田駅方向に歩いて行くと、マーチエキュート万世橋があります。







マーチエキュート万世橋は、旧万世橋駅の赤レンガや階段が残るグッドデザイン建築で、1912年(明治45年)に完成した赤煉瓦高架橋が歴史や記憶を残しながらリノベーションストアです。
凄く落ち着く素敵な場所です。
《アクセス》
JR神田駅北口 徒歩8分
東京メトロ銀座線神田駅6番出口 徒歩2分 etc
https://www.ecute.jp/maach

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