








港区立郷土歴史館は、歴史的建造物を活用し、港区の自然・歴史・文化を 知り、交流する拠点として2018年にオープンした施設。
建物は東京大学建築学科教授内田祥三により設計され、昭和13(1938)年に建設された旧公衆衛生院である。
《アクセス》
都営三田線・東京メトロ南北線「白金台」駅下車2番出口徒歩1分
《住所》
東京都港区白金台4-6-2 ゆかしの杜内
《電話》
03-6457-2107
《入館料あり・休館日あり》
郷土歴史館
https://www.minato-rekishi.com/
明治学院大学
https://www.meijigakuin.ac.jp/

東京大学医科学研究所附属病院のすぐ横にある、港区立郷土歴史館。
内田祥三によって建設された旧公衆衛生院をリノベーションした。構造は鉄骨・鉄筋コンクリート造、スクラッチタイルで覆われたゴシック調の外観で、「内田ゴシック」と呼ばれる特徴的なデザインである。西麻布にあった内田氏の自宅から公衆衛生院を眺めることが出来、たいそう喜んでいたようである。内田邸は戦後、GHQに接収され、10年ほどソ連大使館として使われた。
1階から4階はミュージアム・ショップ・カフェが併設されている。一般利用は主にこの1階から4階のフロア。
港区民が利用する子育て支援施設や、在宅緩和ケア支援センターなどもあるが、こちらは利用者だけのエリアだ。
白金台の駅からすぐですが、入り口が東京大学医科学研究所附属病院と間違えやすいので気をつけてください。また、目黒通りの信号をわたるとすぐに八芳園があります。





白金台は、江戸時代初期には、徳川家康の側臣の一人、大久保彦左衛門の屋敷であったと言われている。明治の末にはいまの八芳園の地を実業家渋沢喜作(1838~1912年)が所有し、老居の地と考え居を構えた。 その後、白金台がにぎわいをみせる様になり、騒がしくなったと、1915(大正4年)、喜作はここを売りに出す。 そこに目をつけたのが当時、実業界に世人瞠目の手腕を振るっていた久原房之助だ。日立製作所などの基礎を築いた久原房之助は、第一次大戦後、一躍新興財閥に仲間入りし、後に政界に進出すると政友会の中枢にあって表裏に活躍した。 庭内に足を運んだ久原は一目でそこを気に入り、購入を即決。
購入後まもなく、付近の土地を次々に買い集めていき、敷地を拡大した久原は、1万坪へと拡張させ、昭和25年長谷敏司と共同経営に踏切、「一木一草たりとも勝手に動かしたり切ったりしないこと」という厳しい条件を付した上で自邸の屋敷と庭園の一部を使用することに同意し、自ら「八芳園」と命名した。









1年に一度、東京都文化財ウィークでだけ一般公開されるインブリー館や記念館、礼拝堂も素敵でした。
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