東京都台東区 旧東京音楽学校奏楽堂

東京藝術大学音楽学部の前身、東京音楽学校の校舎として、明治23年(1890)に建築された。2階の音楽ホールは、かつて瀧廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台である。
《 アクセス》
JR上野駅 公園口徒歩10分
《住所》
東京都台東区上野公園8番43号
《電話》
03-3824-1988
《休館日あり・入館料あり》
http://www.taitocity.net/zaidan/sougakudou/



旧東京音楽学校奏楽堂は、日本の近代化への黎明期とも言える時代、明治23年(1890)に日本初のオーディトリウム(演奏会場)として建てられた。永らくの年月を経て破損も大きく、解体取り壊しの意見や愛知県犬山市にある明治村への移転話もある中、日本の近代音楽発祥の地としての上野に残す運動によって、上野公園内に移設された。
奏楽堂正面の大屋根には、西洋と東洋の調和を象徴とした「ハープ」と「笙(しょう)の笛」、そして中央には大太鼓が配されたバロック様式の切妻飾りがありる。
奏楽堂の名称に由来する音楽ホールは、梁行16.4メートル、桁行26.4メートル、客席338席の小さなホールで、天井は音響を考慮して中央部がヴォールト状(蒲鉾型)になり、棒状のつなぎ梁が支えている。
奏楽堂の華は華麗なるパイプオルガンである。徳川頼貞侯爵が創建した南葵楽堂のために、大正3年(1914)に英国アボット・スミス社に発注されたが、第一次世界大戦のため完成は大幅に遅れた。大正9年(1920)11月に披露演奏会が開催され、わが国初のコンサート用オルガンとして注目されたが、その後の大正12年(1923)の関東大震災で南葵楽堂が破損し使用不能となったため、昭和3年(1928)に頼貞氏より東京音楽学校に寄贈され、同奏楽堂に移設された。

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