










上野東照宮は1627年創建の東京都台東区上野公園に鎮座する神社。 東照宮とは徳川家康公(東照大権現)を神様としてお祀りする神社で、日光や久能山の他、全国に数多く存在する。 上野東照宮は出世、勝利、健康長寿に特に御利益があるとされ信仰されている神社である。
《アクセス》
JR上野駅 公園口徒歩10分または鶯谷駅南口下車 徒歩10分・東京メトロ 銀座線・日比谷線上野駅、千代田線根津駅下車 徒歩15分・京成電鉄 京成上野駅下車 徒歩15分
《住所》
東京都台東区上野公園9-88
《電話》
03-3822-3455(社務所)
03-3822-3575(ぼたん苑)
http://www.uenotoshogu.com/

金色殿(社殿)などの豪華な建造物は、戦争や地震にも崩壊を免れた貴重な江戸初期建築として国の重要文化財に指定されている。
1616年(元和2年)2月4日、天海僧正と藤堂高虎は危篤の徳川家康公の枕元に呼ばれ、三人一つ処に末永く魂鎮まるところを作って欲しいと遺言されたことをうけ、天海僧正は藤堂高虎らの屋敷地であった今の上野公園の土地を拝領し、東叡山寛永寺を開山。境内には多くの伽藍や子院が建立された。
1627年(寛永4年)その一つとして創建した神社「東照社」が上野東照宮の始まりで、 1646年(正保3年)には朝廷より正式に宮号を授けられ「東照宮」となる。
現存する社殿は1651年(慶安4年)に三代将軍・徳川家光公が造営替えをしたもので、遠く日光までお参りに行くことができない江戸の人々のために日光東照宮に準じた豪華な社殿を建立したと言われている。
この造営替えに際し約250基の灯籠が全国の大名から競うように奉納された。 幕末には寛永寺の伽藍や子院の多くが消失する上野戦争が勃発したが、上野東照宮には火の手が及ばなかった。関東大震災にも倒れず、第二次世界大戦では社殿のすぐ裏に爆弾が投下されたが幸いにも不発弾で社殿の倒壊は免れた。 明治時代には神仏分離令の為境内の五重塔を寛永寺に譲渡(現在は東京都の管理)するなど、江戸時代と比べ境内地は縮小されたが、江戸初期に建立された社殿が数々の困難を乗り越え現存することは奇跡的で、強運な神君の御遺徳の賜物と言われている。
社殿のご祭神は家康公のほか、吉宗公、慶喜公もお祀りされている。
東照宮のお守りには「強守」「勝守」「他抜守」などがあります。
「強守」は自らに打ち勝つ強さを持ち、時代を力強く乗り切れるよう祈願した御守で、「勝守」はその名の通り試合必勝・試験合格・就職成就。「他抜守」は栄誉権現(御狸様=他抜)の必勝、出世、受験・就職成功祈願守です。
拝観料500円を払って参拝する社殿脇にある“御狸様”こと「栄誉権現社」の参拝もお忘れずに! 他を抜く狸という縁起があることから、受験・就職など“必勝の神さま”として篤く崇敬されています。
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