東京都港区 慶應義塾大学

福澤諭吉、藩命により江戸築地鉄砲洲の中津藩中屋敷内(現在の東京都中央区明石町、聖路加国際病院のあたり)に蘭学塾を開く。これが慶應義塾の起源で、時に諭吉数え年25歳の時である。
《アクセス》
田町駅(JR山手線/JR京浜東北線)徒歩8分
三田駅(都営地下鉄浅草線/都営地下鉄三田線)徒歩7分
赤羽橋駅(都営地下鉄大江戸線)徒歩8分
《住所》
東京都港区三田2-15-45
https://www.keio.ac.jp/ja/



*慶応義塾大学三田キャンパスでは、重要文化財を一般の人が見学できるように建築プロムナード建築特別公開日という日を設けています。
通常は非公開の建築物「旧ノグチ・ルーム」「演説館」を特別に公開し、キャンパス内にある彫刻・建築のマップを配布してくれて、マップを片手に、自由にキャンパス内の散策をできる日があるので、詳しい日程は、HP参照してください。
ただし、建物内は撮影不可です。

慶応義塾は、明治4(1871)年現在本拠の三田、もと島原藩の中屋敷があったところに移設される。明治8(1875)年、演説は福澤およびその門下の人々によって創始されたもので、演説館はわが国最初の演説会堂として大正4年に東京府史跡、昭和35年には都の重宝、同42年6月さらに国の重要文化財に指定されている。
三田の図書館(旧館)は明治45・大正元年(1912)年、曽禰達蔵・中條精一郎の設計によるゴシック式れんが造りで建築される。昭和44年3月には重要文化財として指定され、書庫は昭和2年8月と昭和36年11月との2回にわたり増築されている。
南館の中には、旧ノグチルーム(1951年に建築家谷口吉郎(1904−1979)の設計により第二研究室が建てられた際、その談話室をアメリカ合衆国の彫刻家イサム・ノグチ(1904−1988)が制作したもの)があり、この談話室と小庭園は、明治初年に福澤諭吉が教師と学生の自由な交流を目的として開設した「萬來舎」をふまえて、「新萬來舎」と呼ばれることもある。2003年、新校舎建設のために第二研究室棟が解体され、「ノグチ・ルーム」は2005年3月に竣工した新校舎(南館)のルーフ・テラス部に移設された。移設設計者は、隈研吾である。
大学構内には、朝倉文夫や菊池一雄の彫塑、イサム・ノグチのオブジェ、猪熊弦一郎の壁画デモクラシーが、西校舎生協食堂の壁面に移設され現在も多くの塾生達は、偉大なアートに見守られながら学生生活を過ごしているのである。

こんな環境で学べるなんて幸せですね。大学時代を満喫してください。長い人生、大学時代は短い期間ですが、思い出は一生の宝物になると良いですね。

【関連周辺投稿】

増上寺

国際文化会館周辺

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください