東京都文京区 椿山荘

軍人・政治家であった山縣有朋が、明治11年(1878年)に、私財を投じて「つばきやま」を購入し庭、邸宅をつくり、「椿山荘」と命名した。
《アクセス》
東京メトロ有楽町線 江戸川橋駅1a出口徒歩12分
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東京メトロ東西線早稲田駅3a出口徒歩16分

《住所》
文京区関口2-10-8
《電話》
03-3943-1111

庭の全体計画や細部の意匠を指導したのは、山縣自身だが、この施工には当時東京を代表する庭師であった岩本勝五郎が起用された。目白台地の崖線や緩傾斜を利用した芝生園地と流れ、池を特徴とした庭は、造園当時から生花界の重鎮であった近藤正一など、多くの文化人によって、日本で最も天然趣味に優れた名園と評価された。
大正7年(1918年)には、当時関西財界で主導的地位を占めていた藤田組の二代目当主「藤田平太郎男爵」が、名園をありのまま残したいと言う山縣有朋の意志を受け継いだ。
しかし、昭和20年(1945年)の空襲で、山縣の記念館や一千坪の大邸宅、樹木の大半が殆ど灰燼に帰してしまった。
昭和23年(1948年)、椿山荘は藤田鉱業(旧藤田組)から藤田興業の所有となり、藤田興業の創業者となった小川栄一は「戦後の荒廃した東京に緑のオアシスを」の思 想の下に、一万有余の樹木を移植し、名園椿山荘の復興に着手する。
平成4年(1992年)椿山荘敷地内に、「フォーシーズンズホテル椿山荘 東京」オープン。
平成25年(2013年)60年余り日本のおもてなしの伝統を紡いできた「椿山荘」と、20年に渡り世界基準でのおもてなしをご提供してきた「フォーシーズンズホテル椿山荘 東京」が統合し、「ホテル椿山荘東京」としてリブランドオープンし現在に至る。

春には、艶やかに咲き誇った桜を楽しむことができ、初夏には、幻想的な蛍の飛翔を楽しむことができます。秋は紅葉、冬には山茶花、椿を楽しめるので一年中四季折々の植物を楽しめる庭園です。
冠木門から入ると、庭園内からホテル、バンケット棟に向かうことができ、庭園を楽しみながら行けるので、さほど勾配を苦に感じないかも知れませんが、胸突坂から行くと、胸突坂の階段が急なので、結構大変かも知れません。

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