横浜市 山手234番館

エリスマン邸の斜め前、山手通り沿いに建つ山手234番館は、昭和2(1927)年頃外国人向けの共同住宅(アパートメントハウス)として、現在の敷地に民間業者によって建設される。関東大震災により横浜を離れた外国人に戻ってもらうための復興事業のひとつとして建てられ、設計者は、隣接する山手89-6番館(現えの木てい)と同じ朝香吉蔵である。
《アクセス》
JR京浜東北線 石川町 徒歩17分
みなとみらい線 元町中華街駅 徒歩10分
《住所》
横浜市中区山手町234-1
《電話》
045-625-9393
http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/yamate-seiyoukan/

建設当時の施設は、4つの同一形式の住戸が、中央部分の玄関ポーチを挟んで対称的に向かい合い、上下に重なる構成を持っていた。3LDKの間取りは、合理的かつコンパクトにまとめられている。
また洋風住宅の標準的な要素である上げ下げ窓や鎧戸、煙突なども簡素な仕様で採用され、震災後の洋風住宅の意匠の典型とも言える。
建築後、第二次世界大戦後の米軍による接収などを経て、昭和50年代頃までアパートメントとして使用されていたが、平成元(1989)年に横浜市が歴史的景観の保全を目的に取得。平成9(1987)年から保全工事を行うとともに、平成11(1999)年から一般公開している。1階は居間を中心に歴史的展示物の設置、2階は貸し出しスペースとしてギャラリーとなっている。
建物正面は、1階前面が列柱の並ぶベランダとなっており、その上に2階バルコニーが設けられているが、昭和5年ごろの写真にはバルコニーはなく、中央のポーチだけだったことが分かっている。改修工事の前には、1階のベランダにも2階バルコニーにも引き違いのガラス窓がはめ込まれて、サンルームのようになっていた。
間取りを見ると、いずれも通りに面して居間兼食堂を配置し、その奥に台所と浴室そして3つの個室が続いている。居間には暖炉が設けられており、そこから屋上へと伸びる煙突の形状が外壁に浮き出ており、鎧戸の着いた上げ下げ窓があるだげの簡素な外観となっている。1階には当時の復元モデルの展示もある。
山手234番館は関東大震災復興住宅としての歴史的価値があり、また当時の外国人住宅の様子を教えてくれる貴重な存在である。

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