


エリスマン邸は、生糸貿易商社シーベルヘグナー 商会の横浜支配人格として活躍した、スイス生まれのフィリッツ・エリスマン氏の邸宅として、大正14(1925)年から15(1926)年にかけて山手127番地に建設された。
設計は日本の「近代建築の父」と言われる東京女子大学キャンパスの設計者、チェコ出身の建築家アントニン・レーモンドである。
《アクセス》
JR京浜東北線石川町駅 徒歩15分
みなとみらい線元町・中華街駅 徒歩9分
《住所》
横浜市中区元町1-77-4
《電話》
045-211-1101
http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/yamate-seiyoukan/


エリスマン邸は、元々は山手127番地に建設されており、現在の立地ベーリックホール向かいの位置には近年移築された。エリスマンは昭和15年に亡くなるまで日本に滞在し、山手の外人墓地に永眠している。
建造物は戦火を逃れ、所有者を転々としながらもその姿を保ち続けていた。
昭和57年に、マンション建築のために解体されたが、その歴史的価値が見直され横浜市が当時の所有者から部材を譲りうけ、それを平成2年に元町公園内に移築したのが現在のエリスマン邸なのである。
木造2階建、当初は和館が併設されていたが移築の際には部材が残っておらず移築はされなかった。
フェリス女子学院10号館もレーモンドの作品である。
エリスマン邸の1階には暖炉のある応接室、居間兼食堂、庭を眺めるサンルームなどがあり、簡潔なデザインを再現している。椅子やテーブルなどの家具はレーモンドの設計である。
鎧戸、上げ下げ窓、バルコニーといった従来の洋館のデザインを取り入れながら開口を大きくとり、窓には大きなガラスを入れ、明るくモダンな意匠になっている。
2階寝室がかつてあった場所は、写真や図面があり、山手洋館の資料が展示されている。2階の窓は低い位置に設計されているが、これは上げ下げ窓を上部の壁に収め、開口部を大きくとるための工夫である。
地下ホールは貸し出しスペースとして、昔の厨房部分は喫茶室として利用できる。